中外製薬が開発した抗体エンジニアリング技術である「リサイクリング抗体技術」の発明が、令和8年度全国発明表彰の最高位である恩賜発明賞※を受賞しました。リサイクリング抗体技術は、これまでの「抗体」の常識を覆し、抗体の可能性を大きく広げた技術です。この発明により、薬の効果をより長く持続させることが可能となり、患者さんの治療負担の軽減や医療経済への貢献につながりました。この技術は、中外製薬の抗体医薬品を大きく発展させ、成長を牽引する重要な技術基盤となっています。
本記事では、リサイクリング抗体技術の開発や発展に携わった研究本部長の井川智之、研究員の石井慎也、多くの抗体技術において研究本部との協働に携わった知的財産部の趙瑩へのインタビューを通じて、革新的な技術が誕生した背景と、中外製薬がイノベーションを生み出し続ける力の源泉を紐解きます。
※恩賜発明賞:公益社団法人発明協会が主催する全国発明表彰における最高位の賞。科学技術の発展や産業の振興に特に大きく貢献した発明に授与される。
「こんなことができたら面白い」から始まった挑戦
私たちの体には、病気やウイルスなどの「敵」から身を守るしくみ(免疫)があります。免疫の主役の一つが「抗体」です。抗体は、数ある物質の中から狙った相手(抗原)だけを正確に見分け、結合することができます。
この「狙った相手だけを見分けて結合する」性質を応用したものが、抗体医薬品です。病気の原因になる物質だけをピンポイントで狙えるため、さまざまな病気の治療に使用されています。
一方で、これまでの抗体には弱点がありました。抗体は狙った相手である抗原に結合すると、その相手を捕まえたままとなり、別の抗原に結合することができず、やがて抗原とともに体内から取り除かれてしまいます。つまり、1つの抗体は一度きりしか働けないのです。そのため、投与する量が多くなったり、投与回数を増やしたりする必要があり、患者さんにとっては、負担が大きくなってしまいます。
この抗体の限界を乗りこえるために中外製薬が生み出したのが、「リサイクリング抗体」技術です。
では、この技術はどのようにして生まれたのでしょうか。
当時、抗体が体内でどのように働くかについての研究が進む中で、抗体には細胞の中で分解されてしまうルートだけでなく、細胞に取り込まれたあと、もう一度血液の中に戻ってくるルートもあることが知られつつありました。
この知見に触れたとき、研究本部の井川の頭に、一つの問いが浮かびました。
「細胞の中で、相手(抗原)だけを手放すことができたら、1つの抗体が何度も働けるのではないか」
当時は、そのアイデアが本当に実現できるかどうかは分かりませんでした。
石井も当時をこう振り返ります。
「繰り返し使えたら、つまり抗体を“リサイクル”できたら、面白いことがおきそうだと思いました。抗体の特性から何かできないかを考えていたのです」
明確な事業計画や製品化の構想があったわけではありません。しかし、「できたら面白い」という発想は、既存の抗体研究の常識にとらわれない新たな挑戦の始まりとなりました。
出発点にあったのは、抗体の新たな可能性を探る中で生まれた研究員の探究心です。その自由な発想が、革新的な技術へとつながっていきました。
革新は、答えの見えない挑戦の先に生まれる
「できたら面白い」という発想から始まった研究。その先には患者さんへの想いがありました。
井川は、抗体が細胞内から再び血中へ戻る仕組みに着目し、「抗体が繰り返し働くことができれば、1つの抗体で多くの抗原を捉えられるようになる」と考えました。
井川はこう語ります。
「1つの抗体でより多くの抗原を捉えられるようになれば、より少ない量で効果を発揮できる可能性があります。つまり、少ない量で効果が持続する。それによって、頻繁な通院や長時間の点滴治療が必要だった患者さんの負担を軽減できるかもしれません。さらに、これまでは点滴による静脈内投与だったものが、皮下注射剤として提供できれば、自宅で治療を継続できるようになる可能性も広がります。患者さんが治療のために生活を制限されるのではなく、治療と日常生活を両立しやすくなる。そうした新たな価値につながるのではないかと考えました」
治療の負担を軽減し、患者さんやそのご家族が治療を受けながらも、自分らしい生活を送り続けてほしい。その想いが、答えの見えない挑戦を前に進める原動力となっていきました。
一方で、その発想を形にする道のりは決して平坦ではありませんでした。
石井は、「このコンセプトが本当に達成できるのか、どの程度の性能があれば成立するのかといった目標値も見えない状態からのスタートだった」と振り返ります。
未知の技術への挑戦だったため、進むべき道筋が最初から描けていたわけではありません。メンバー同士で何度も議論を重ねながら、一つひとつ課題を整理していきました。
リサイクリング抗体の実現という大きなテーマを細かな課題に分解し、それぞれに対して仮説を立て、検証し、次の一歩につなげていく。そうした地道な積み重ねによって、少しずつ実現への道筋が見えてきました。チームとして着実に前に進んでいることを実感できたからこそ、挫折せずに取り組むことができたといいます。
こうして生まれたリサイクリング抗体技術は、創薬に応用可能な「技術」を先に開発し、その技術を医薬品に適用することでファーストインクラス、ベストインクラスの新薬を連続的に創出する「技術ドリブン創薬」の起点になったと井川は振り返ります。
アイデアの芽を摘まない研究文化
このような前例のない挑戦が実現できた背景には何があったのでしょうか。
井川と石井が共通して語ったのは、「アイデアの芽を摘まない文化」でした。
中外製薬の研究現場では、研究員が面白いと感じた着想や疑問を自由に提案し、議論をすることが根付いているといいます。そのアイデアがすぐに事業や製品につながるかどうか分からなくても、まずはその可能性について真剣に向き合う。そうした風土が前例のない発想を潰さずに育てることを可能にしていました。
もう一つの背景は、多様な専門性が交わる環境です。「創薬におけるアイデアは、一人の天才から生まれることは極めて稀です。異なる専門性や研究経験を持つメンバーが議論し、すり合わせる中で、新しい面白いアイデアが生まれます」と石井は語ります。
リサイクリング抗体の研究もまた、さまざまな専門性を持つメンバーが関わりました。異なる知識や経験を持つ研究員同士が議論を重ねることで、一人では作り出せない成果が生まれていったのです。
リサイクリング抗体は当時の中外製薬が推進していた創薬戦略から生まれたテーマではありませんでした。それでも、その可能性を認め、挑戦を後押しする環境がありました。
井川は、「アイデアが戦略を生むのであって、必ずしも戦略がアイデアを生むわけではない」と断言します。
専門性、組織、既存の枠組み、それまでの常識、といったさまざまな境界線を越えて挑戦することが、次のイノベーションを生み出す原動力になる。それは、研究本部長となった井川が、研究員に向けて繰り返し伝えている言葉でもあります。
「境界線を越えよう」
リサイクリング抗体技術は、まさにその考え方を体現しています。
発明を価値へとつなげた知的財産部との共創
革新的な技術を社会に価値として届けていくためには、研究成果の価値を適切に守り、育て、世界へ広げていく仕組みが必要であり、その重要な役割の一翼を担うのが知的財産部です。
中外製薬の知的財産活動の特徴は、発明を保護するだけでなく、その価値の最大化を目指している点にあります。研究開発の初期段階から研究員に伴走し、特許戦略の立案や世界中の特許や技術情報を活用した知財インテリジェンスを通じて、将来の研究テーマや創薬戦略の検討にも貢献しています。知的財産を事業価値や患者価値の創出につなげる「戦略知財」の考え方は、中外製薬ならではの強みの一つです。
リサイクリング抗体技術が生まれたときから、研究員と知的財産部員が発明の本質や独創性を共有しながら、発明をどのように権利化し、その価値を世界へ広げていくかを共に考えてきました。研究の初期段階から両者は密接に連携しており、研究員が生み出した研究成果の価値を損なわないような特許にしていくために、それまでの技術を徹底的に調べ上げたうえ、特許出願でどのような権利範囲を目指すべきか、どのようなデータを準備すべきかを徹底的に議論していました。特許出願後も、将来の事業化やグローバル展開まで見据えて議論を続け、研究成果の価値を最大化できる権利化戦略を練って実行していきました。その結果、リサイクリング抗体技術の特許が広く注目され、中外自社の実施のみならず、他の製薬企業からも興味を持たれるものになりました。
知的財産部の趙はその役割を次のように語ります。
「研究本部との協働における私たち知的財産部の役割は、研究員の“知財視点のビジネスパートナー”だと思っています。皆さんの研究成果を守るための特許出願や権利化を担うだけでなく、その成果を将来どのような社会価値に結びつけるかを共に考え、その価値実現の道中の障害を取り除き、研究成果の素晴らしさが社会で輝けるように支えることが使命です」
中外製薬では研究の早期段階から知財担当者が配置され、日常的に研究員と対話しながら研究や知財戦略を検討する体制を構築しています。今年に入ってから、知的財産部員の半分以上が研究と同じ拠点で勤務するようになり、伴走体制を更に強化しました。
井川は、研究本部と知的財産部の関係について次のように語ります。
「どんなに優れた発明でも、その価値がうまく伝わらなければ、80点の評価で終わってしまうこともあります。知財部が発明の本質を的確に伝えてくれるからこそ、“100点の発明”を100点のまま世の中に認めてもらうことができます」
リサイクリング抗体技術が世界初の技術として評価され、実用化に結び付いた背景には研究本部と知的財産部による共創がありました。このような共創があったからこそ、「科学技術的に秀でた進歩性を有し、 かつ、顕著な実施効果を挙げている発明」を表彰する恩賜発明賞に辿り着いたのだといえます。
優れた発明を生み出す力と、その価値を守り伝える力。その両者が一体となることで、中外製薬独自のイノベーションが社会へと届けられているのです。
中外製薬がイノベーションを追求する理由
研究所で生まれたアイデアが医薬品として患者さんのもとに届くまでには、長い年月がかかります。その道のりには数え切れないほどの困難があります。
それでも研究員たちが挑戦を続けられるのは、患者さんへの強い想いがあります。
井川は、自身が関わった薬が患者さんの手に届き、価値につながっていることを実感した瞬間について、こう振り返ります。
「中外製薬はこれまで数多くの新薬を患者さんに届けてきました。自分が関わった薬が患者さんの手に届き、効果が出て、笑顔を取り戻したという声を聞いたとき、涙が出るほど感動します」
日々の実験に追われ、答えの見えない挑戦の中で壁にぶつかったとき、研究員たちが立ち返る場所はいつも患者さんへの想いです。一日でも早く、新しい価値を患者さんへ届けたい。その願いこそが挑戦を続け、新たなイノベーションを生み出す原動力になっています。
リサイクリング抗体技術は、一つの発明の物語であると同時に、中外製薬が大切にしてきた研究文化の物語でもあります。
井川智之
2001年に中外製薬へ入社。抗体医薬の研究開発に従事し、抗体エンジニアリング技術の創出や新たな創薬基盤の構築をリードしてきた。2017年から2020年までシンガポール子会社のCEO兼リサーチヘッドとして研究マネジメントや技術開発を推進。現在は執行役員 研究本部長として、患者さんに革新的な医薬品を届けるための研究開発を牽引している。
石井慎也
2002年中外製薬に入社。専門は抗体創薬および抗体取得技術開発。これまで新規抗体取得技術の開発、抗体創薬プロジェクトの推進、創薬基盤の構築に従事。ディスプレイ技術を活用した抗体創製技術の研究開発をリードしてきた。2017年から2020年にシンガポール子会社に出向し、抗体創薬プロジェクトを推進。帰任後、2026年より抗体取得技術開発を担うグループのグループマネジャーとして、次世代抗体創薬技術の開発と創薬プロジェクトの推進を担う。
趙瑩
遺伝子工学を専門に博士号を取得後、特許業務に従事。中外製薬に入社後、抗体医薬と抗体技術の特許実務を中心に担当したのち、研究本部との連携の一環として、バイオ医薬研究部との兼務で早期研究の知財コンサルに従事。2026年より知的財産部でグループマネジャーとして、新規モダリティの特許実務をけん引し、抗体医薬の特許実務にも携わる。